私たち日本人が「阪神・淡路大震災」から学ぶべきこと。 その時、誰が総理大臣であるかは大事だよ。

コラム

保守政治コラム

それは平成7年の1月17日の午前5時46分に始まった!
..日本の総理大臣は常に「人命救助の司令塔」であってほしい!

…..なでしこりんです。「他人の死を願う」のは道徳的には許されないことですが、例えば、幼い子供たちにまで自爆テロを強要するIS狂信集団の幹部たちの死を願うことはいけないことでしょうか? たとえば、平壌だけに特権階級を集めて贅沢三昧をしている北朝鮮の暴君の死を願うことはどうでしょうか?

…..私には こ「この人物が死んだらお赤飯を炊いて喜ぶかも」という人物が2人います。それは民進党の菅直人と元社会党の村山富市です。この2人の「元首相」が今ものうのうと生きていることの方が逆に信しがたい気持ち。なぜ無辜の人々の尊い命は簡単に奪われ、菅直人や村山富市のようなロクデナシが今ものうのうと生き続けられているのか? 今日は「阪神淡路大震災」が発生して22年目の日です。

…..私は 毎年このことを思います。「もしあの時、村山富市が総理大臣でなかったら、もっと救える命があったのではないか」と。同じことを3月11日にも考えます。。「もしあの時、菅直人が総理大臣でなかったら、もっと救える命があったのではないか」と。人生には「もし」はなく、一度失われた命がよみがえることがないのは知っていますが、そう考えずおられない理由が彼らにはあるのです。

…..今日は 1年前に書いた記事を再掲させていただきます。人生に「もし」はありませんが、「次」には教訓として活かすべきです。それが無念の死を遂げた人たちへのせめての供養ですから。

自衛隊を敵視する左翼が首長だと災害派遣活動が遅れる!
…..村山富市が総理大臣でなかったらもっと救える命はあったはず!

…..なでしこりんです。今日、1月17日で「阪神淡路大震災」が発生して21年目になります。今年、成人式を迎えた方たちの記憶には、この大惨事はないと思いますが、当時の日本の政治がどうなっていたかをこの機会に知っておいてほしいです。 政治家の姿勢によって「救える命と救えない命」があることをぜひ知ってほしいと思ってこの記事を書きます。

…..「阪神・淡路大震災」 は、平成7年(1995年)1月17日(火)午前5時46分に発生しました。当時の内閣総理大臣は、社会党の村山富市です。「なんで社会党?」と思われるかもしれませんが、この時代は日本の政治の混乱期の一つであり、不幸にも平成6年(1994)6月30日~平成7年(1995)8月8日までは、社会党の村山富市が総理大臣、自民党の河野洋平が副総理兼外務大臣をやっていたんです。

…..この時代、小沢一郎により自民党が分裂させられ、「非自民党非共産」の新生党や日本新党などが作られ、そこに共産党を除く既成政党が野合したんです。具体的には、日本社会党 、新生党 、公明党 、日本新党、 民社党 、新党さきがけ、自由党、 改革の会 、社会民主連合 、民主改革連合、新党みらいなんですが、まさに「船頭多くして船、山に登る」状況。

…..こういう連中 が担いだのが「細川内閣」であり「羽田内閣」だったのですが、案の定、細川護煕は「佐川急便一億円借り入れ事件」で辞職。羽田孜が総理大臣になるも、今度は社会党が離脱して羽田は2ヶ月で退陣に追い込まれます。そこでできたのが、村田ま富市を総理大臣にすえた「自民、社会、さきがけ」の「野合政権」でした。

村山内閣 の時代に「阪神淡路大震災」

…..村山内閣 の時代に「阪神淡路大震災」が発生します。当時の兵庫県知事は貝原俊民。貝原はおととし、交通事故で死にました。,「兵庫県の不手際」として指摘されているのが、「兵庫県知事による自衛隊への災害救助要請が遅れたこと」。兵庫県知事がもっと迅速に災害派遣要請をしていれば死亡者はもっと少なく済んだという指摘はあります。

…..なお、10時10分の陸上自衛隊への派遣要請をおこなったのは知事ではなく、事態の深刻さを正確に判断した兵庫県の防災担当、野口課長補佐でした。野口課長補佐はその後、神戸の兵庫県庁から淡路島の県民局企画調整部に転出しましたが、これは野口課長補佐の「独断」をとがめた県による左遷という指摘もあります。 まずは派遣要請の時系列です。

10:10 ・兵庫県防災担当、野口課長補佐による陸上自衛隊への派遣要請

19:50 ・兵庫県知事、海上自衛隊に災害派遣要請

21:00 ・兵庫県知事、航空自衛隊に災害派遣要請

一方、内閣総理大臣であった村山富市の、「阪神淡路大震災」時の動きですが・・・

06:00 ・CNNワールドニュース、トップニュースで「マグニチュード7・2。神戸で大地震」と報道。
・村山起床。テレビで震災を知る。

08:00 ・官邸、防衛庁に、派遣要請がきているか確認するも、要請無し。

08:26 ・総理、官邸執務室へ(予定より1時間早い)。テレビで情報収集。

09:18 ・村山、廊下で記者に「やあ、大変だなあ」

視察はしないのかとの質問に「もう少し状況を見てから」とコメント。

10:00 ・村山、月例経済報告終了後廊下で、記者の
「北海道や東北と違い今回は大都市での災害だが、対策は?」との質問に

村山「そう?」とコメント。

10:04 ・定例閣議。閣僚外遊報告。非常対策本部設置決定。
玉沢徳一防衛庁長官には「沖縄基地縮小問題で(上京してきている)
大田昌秀知事としっかり協議するように」と指示。
村山、震災についての指示なし。

10:15 ・中部方面総監部、自衛隊災害派遣出動命令(2300人)

11:00 ・村山、廊下で会見。記者の「総理が現地視察する予定は?」との質問に、

村山「状況見て、必要があればね」。

「総理は行く用意はありますか?」

村山「そうそう、状況を見て、必要があればね」。

・村山総理、「二十一世紀地球環境懇話会」出席。
「環境問題は国政の最重要課題の一つとして全力で取り組んでいく」と発言。

12:00 ・新党さきがけ高見裕一、現地から官邸に電話。自衛隊増員要請するも、

村山「高見は大げさだ」

政府与党連絡会議中、五十嵐官房長官が村山に「死者203人」と報告。
村山「え!?」と驚愕。

以上http://poo-mono.jugem.jp/?eid=294 より引用。その後、国会において初動対応を批判された村山は、

村山「なにぶん初めてのことでございますし 、早朝のことでもございますから・・・、政府の対応は最善だった」と弁明するも、その後全面撤回する羽目に。

…..「阪神淡路大震災」 での死者 は6,434名、行方不明者が3名、負傷者 は43,792名 なんですが、もし、もっと早い時点で政府が自衛隊に出動を命じていれば、少なくとも焼死者や圧死者を減らすことができたと思います。人々が苦しんでいる最中にこのボンクラ社会主義者は「二十一世紀地球環境懇話会」で 「環境問題は国政の最重要課題の一つとして全力で取り組んでいく」とやっていたんです。「個人の生命」に無頓着な「社会主義者ゆえの鈍感さ」なのか? ちなみに村山のニックネームは「とんちゃん」。 こんな無頓着が出したのが「村山談話」だったんです。

…..「村山談話」 と「河野談話」というものが、いかに日本国民の総意とはかけ離れたものであるかは歴然です。しかも、村山富市と河野洋平は今も災害対応の遅れの責任を取らずにのうのうと生き続けている。世の中はほんと不公平ですよね。

…..私は 「1月17日」の日が来るたびに、「もし村山富市が総理大臣でなかったら、もっと救える命もあったはず」といつも思います。そしてこうも思うのです。日本の総理大臣には常に日本国民の生命と財産を守ることを第一に心がけている人になってもらいたいと。総理大臣の人なりや心がけは大事ですよ。 「阪神・淡路大震災」で亡くなられた全ての方たちのご冥福を祈ります。 By なでしこりん

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