活動団体のシー・シェパードの創設者ポール・ワトソンが、南極海における日本の調査捕鯨に対する妨害活動を中止

活動家・作家・弁護士

シーシェパード

 活動団体のシー・シェパードの創設者ポール・ワトソンが、南極海における日本の調査捕鯨に対する妨害活動を中止することを2017年8月28日、公式サイト上で発表した。

 団体の活動資金が限られていることと、日本でテロ等準備罪が施行されたことにより、活動の継続が難しくなったとコメントしている。

 これまでワトソン容疑者はSSの首領として世界を股にかけ、団体のキャンペーンを統率するため、文字通り7つの海と5つの大陸を飛び回っていた。しかし現在、彼は国際刑事警察機構(ICPO)から国際指名手配され、かつてのように自由に移動できない状況に置かれている。そのことが、SSの勢いを削いでいるのだ。

 ワトソン容疑者に対しては、日本と中米コスタリカが2000年代にそれぞれSSが起こした事件で逮捕状を用意した。両国政府は厳格に法を適用し、ICPOに国際手配を要請。これを受け、ドイツ治安当局が2012年5月に入国したワトソン容疑者をいったんは拘束した。しかし、保釈され、身柄送致の準備が進められていた同年7月、ワトソン容疑者は忽然とドイツから姿を消した。仲間の助けを借りて、国外逃亡したのである。

 ICPOはワトソン容疑者に対する国際手配の格を上げ、加盟国に「身柄拘束」を要請する「赤手配」に切り替えた。ICPOのホームページを見ると、国際テロ犯や武器密売人らとともに彼の手配書が掲載されている。

 その後、ワトソン容疑者は紆余曲折を経て、昨年7月にフランスに移住した。オランド政権の中枢にパイプを持つSSの支持者がワトソン容疑者に対して「フランスは日本に身柄送致したりしないから移住したらいい」と薦めたのだろう。滞在はすでに1年以上が経過した。

ツイッターの反応は?

なぜイルカだけが特別なのか? 日本のイルカ漁をイタリア版「WIRED」が擁護する

「みんな命を奪っている──これが、和歌山県の仁坂吉伸知事が語る、毎年世界を憤慨させているイルカ追い込み漁に対する批判への日本からの反論だ。そして、それは正しい」。

愛想のいい哺乳類の群れは、不幸なやり方で有名になってしまった和歌山県太地湾にやって来る。そして脊柱に突き刺された鉤によって流血させられて死ぬこととなる。日本では、イルカは伝統的な食物だ。そして、その漁のシステムも伝統の一部だ。

彼はこう語った。「食文化には違いがあり、さまざまな立場を相互に尊重するのが文明の知恵です。わたしたちはウシやブタの命を奪って生きています。イルカ漁だけが非人道的だと言うべきではありません」。

イルカ漁で用いられている畜殺技術、つまり鉄の鉤による脊髄の切断は、動物の苦痛を避け最小化しているといわれる。こうしたことは、ニワトリやウシの命がまったく尊重されていない、西洋の畜産業界において見ることはできない。わたしたち西洋人は、わたしたちが日々行っている虐殺を棚に上げて、意見を言うことができるのだろうか? わたしはそうは思わない。理想的な世界においては、誰も肉を食べるべきではなく、自由に生きる権利は動物のみならず植物にも拡大されなければならないにしてもだ。

イルカは高貴な動物と考えられている。知性をもっていて、人間のよき友人だ。法律によってはイルカを「人」、つまり人類ではない「人」として認め、生存権と自由権を与えるに値すると認めた国もある(参考:インドがイルカを「人」と認めた )。そうした国では、彼らを水族館に押し込めて搾取することはもはやできない(一方、それ以外の場所では一生プールの中でボールを追いかけて暮らすシャチやイルカでいっぱいだ)。

ともあれ、わたしの疑問は次のものだ。果たして知性が優っていることで、生命はより価値あるものになるのだろうか? もしそうだとすれば、なぜイヌは保護されるのか? 科学はイヌをガチョウよりも知性が低いと判断している。しかし、イヌはほかの動物たちがもたない権利をもっている。ネコもそうだ。

わたしは世界を旅しているなかで、イヌやネコが殺されるのを目撃したことがある。棒で殴られ、失神し、血を流して吊されていた。その光景に、わたしは胸を痛めた。わたしはずっとイヌやネコを飼ってきたのだ。わたしは田舎で育ち、母親は農業に従事している。イヌやネコ以外にもヤギやニワトリ、カモ、ウシなども飼ってきた。自信をもっていうけれど、彼らが死ぬのを見ることが、胸の痛みにおいて劣っているということは決してない。

あるいは、ウシは頭が悪く主人になつかないため、尊重するに値しないという考えを誰かがもっているのだろうか。だとしても、これも事実ではない。もしウシを知っていれば、「ウシのような目」という表現には何の根拠もないことがわかるだろう。昔ながらのやり方で彼らの世話をしたなら、ウシたちはそれぞれ性格にも違いがあり、あなたがやってくるのを見て喜びもするし、目や、鼻面をぶつけることや尻尾で叩くことで会話をしていることがわかるだろう。

ウシたちを殺さねばならないとき、ウサギやニワトリ以上に母は動揺することがあった。彼女はウシの一頭一頭の個性をわかっており、彼らの好みや心情も知っていた。しかしだからといって彼女は農業を辞め、スーパーでプラスチックの包装の中のきれいで清潔な細切れ肉を買うことを選びはしなかった。

根本的な問題はここにある。わたしたちは毎年、太地町で起きていることを映像や写真を通じてたくさん見るけれど、ウシたちの身に起こっていることを見ることはほとんどない。そもそも誰も、ウシやブタのためにTVシリーズを制作したりはしない。

ハンバーガーはわたしたちの日常に欠かせぬ食べ物であるし、何について怒らなければならないかをわたしたちに教えているのは、今回も、そしていつもアメリカだ。決して中国や日本ではない。

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