
新年の幕開けからオールドメディアと揶揄される報道機関が信じられないミスを犯した
東京新聞の西田義洋特別報道部長が1月1日に寄稿した新年コラムが、大炎上している。
「中国なにするものぞ」「進め一億火の玉だ」「日本国民よ特攻隊になれ」といった言葉が「ネット上にあふれている」と書いた。
高市早苗首相の安全保障政策を批判する文脈で戦前の熱狂と重ねようとした。だが、この主張には致命的な問題があった。実際のネット上には、そんな言葉はほとんど存在していなかった。
検証で判明した驚愕の事実
作家の新田龍氏がX上で検証した結果が衝撃的だった。2025年10月1日から12月31日の期間で調査すると、「日本国民よ特攻隊になれ」は0件。そう、ゼロなのだ。「中国なにするものぞ」はわずか17件。「進め一億火の玉だ」は100件超あったものの、その大半は左派が高市支持者を揶揄する文脈で使っていた。
つまり、東京新聞が描いた「好戦的な右派の言説」とは真逆だったわけだ。門田隆将氏、一色正春氏、鈴木一人氏ら著名人も次々と検証を行い、同じ結論に達した。Google TrendsやAIツールでも裏付けは取れない。0件、17件、100件。これを「あふれている」とは言わない。誰がどう見ても、言えるはずがないのである。
日本維新の会の藤田文武共同代表も「酷い話。こうした印象操作、捏造、ミスリード記事については、信用を落とすだけ」と厳しく批判した。報道機関も検証される時代なのだと、当然の指摘をしている。
偽情報を批判する資格があるのか
何が皮肉かといえば、東京新聞は同じ日に「偽情報や陰謀論が社会に影響を与えた1年だった」という別の記事も掲載していた点だ。
SNSでの偽情報を憂い、ファクトチェックの重要性を説いているのである。
自分たちが検証可能な嘘を堂々と書いておきながら、他人には偽情報に気をつけろと説教する。
この矛盾に気づかないのだろうか。いや、気づいていないはずがない。特別報道部長という肩書きを持つプロが、こんな簡単にバレる嘘を書くはずがないと思いたい。
しかし現実は、そのプロが書いてしまったのだ。
報道の信頼はこうして失われる
わたしたちが最も危惧すべきは、この問題が単なるミスではなく構造的な問題だという点である。
西田氏のコラムは、事実確認よりも自分の思想を優先した結果だ。
「高市政権は危険だ」という結論が先にあって、それに合わせて都合のいい「証拠」を創作した。
半藤一利氏の言葉を引き、戦時中の新聞が軍部を支持し民衆を好戦的にした歴史を説いている。
「国民的熱狂をつくらない」ことの重要性を訴えているのだ。なんという自己矛盾だろう。自分たちこそが、存在しない「熱狂」を捏造しているではないか。
本来このコラムで論じるべきだったのは、高市政権の安全保障政策の是非であり、日中関係のあり方であり、世論と熱狂の関係だったはずだ。
その議論はすべて吹き飛んだ。残ったのは「東京新聞が嘘をついた」という事実だけである。
素人のブロガーでさえ、きょうび事実確認を徹底している。年度を間違えただけで、日付を間違えただけで、読者は離れていく。
それを誰もが知っている時代に、大手新聞の特別報道部長がこのありさまとは。
メディアの偏向を自ら証明してしまった
これまで「左派メディアは偏向している」という批判は、ある種のレッテル貼りとして扱われてきた。思想で一括りにする姿勢は本来避けるべきだろう。しかし今回、東京新聞は自ら完璧な証拠を提供してしまった。事実より思想を優先し、都合のいい敵を創作し、検証可能な嘘を平気でつく。
新聞社のコメント欄は閉じられたままだ。西田氏からの訂正も謝罪も、今のところない。
わたしたちが求めているのは、特定の思想を押し付けるメディアではない。事実に基づいて議論の土台を提供してくれるメディアなのだ。右であれ左であれ、その立場から事実を分析し論じるのは自由だ。だが事実そのものを捏造するのは、ジャーナリズムの自殺行為に他ならない。
東京新聞には猛省を促したい。
そして読者である国民も、もはや新聞の記事を無条件に受け入れる時代ではないことを、改めて肝に銘じるべきだ!

