
泣けば許されるのか?
そんな時代錯誤な光景が令和の群馬県前橋市で繰り広げられた。
ちょろいぞ前橋市民!
市職員との不倫密会問題で辞職した小川晶前市長が出直し選挙で華麗に復活当選を果たした。
このニュースを見て呆れてしまった。
いや、呆れるだけでは済まされない。
これは明らかな男女差別ではないか!?
停職6ヶ月と再選当選の格差
相手の男性市職員は停職6ヶ月という重い処分を受けた。当然だろう。
しかし一方の小川氏はどうか。確かに一度は辞職したものの、わずか1ヶ月足らずで市長の椅子に戻ってきたのだ。
これのどこが平等なのか。
同じ密会に関与していながら、片方は懲戒処分で職場に留め置かれ、もう片方は有権者の信任を得て権力の座に返り咲く。男女平等を謳うこの国で、こんな理不尽がまかり通っていいはずがない。
報道によれば、小川氏は支援者回りで涙を流し続けたという。
「泣きのアキラ」なる異名まで付けられ、怒った支援者も最後には「分かった、分かった」と応援に転じたそうである。
さらに驚くべきは「俺の手に晶ちゃんの涙がついた!」と大喜びする高齢男性支援者の存在だ。
場末のスナックを彷彿とさせる選挙戦
わたしには、この構図がどうしても場末のスナックに見えてしまう。
43歳の「最年少ホステス」が、常連のおじいさんたちに涙ながらに「応援してね」と囁く。おじいさんたちは「晶ちゃん、晶ちゃん」と目尻を下げて盛り上がる。
これが21世紀の地方選挙の実態なのか。
政治は政策で語られるべきである。給食無償化の実績をアピールしたというが、それ以上に「泣いて謝る姿」が票を集めたのは明白だ。
前橋市民は政策ではなく、涙に投票したのである。
山本一太知事が送り込んだ対抗馬の丸山彬氏は「華がない」と評された。確かに政治経験のない新人だったかもしれない。しかし「華」で市長を選ぶのか。前橋市に必要なのはアイドルではなく、市政を担う責任ある首長のはずである。
男性が同じことをしたらどうなっていたか。想像してみてほしい。
40代の男性市長が女性職員と密会し、辞職後に「泣いて謝る」選挙戦を展開する。おばあさんたちが「太郎ちゃんの涙が手についた!」と喜ぶ。
あり得ない光景だろう。
世間は「権力の濫用だ」「セクハラだ」と猛烈に批判するに違いない。そして二度と政治の世界に戻ることは許されないはずだ。
これこそが、今回の前橋市長選が示した不都合な真実だ。
女性であれば、涙という武器を使えば許される。男性であれば、徹底的に断罪される。本当の男女平等とは、こういう事例でこそ問われるべきなのだ。
わたしは女性の政治参加を否定するつもりは毛頭ない。むしろ推進すべきだと考えている。しかし、それは実力と政策によって評価されるべきであって、「泣けば許される」という特権によってではない。
前橋市民の判断を尊重する。民主主義とはそういうものだ。しかし、同時にこの結果が日本社会に投げかけた問題は重い。
権力を持つ者の責任、真の男女平等、そして有権者の判断基準。
涙で勝ち取り市長の座へ返り咲いた小川氏。
ラブホへ返り咲くのだけはやめていただきたい!

