
高市首相が解散を決断した。
正直、わたしはこの展開を予想していた。いや、むしろ必然だったと言うべきかもしれない。
なぜなら国民民主党の玉木雄一郎代表が、また大事な局面でやらかしたからだ。
煮えきらない玉木に愛想を尽かした高市首相
思い返せば2025年10月。自民党総裁選を控えて高市早苗氏が連立拡大を模索していたとき、玉木代表には絶好のチャンスが訪れていた。
「年収の壁」引き上げという政策を勝ち取り、自民党との信頼関係を築くまたとない機会。ところが玉木氏は煮えきらない態度をとり続けた。
結果はどうなったか。維新の会があっという間に自民党と連立を組んでしまったのである。
「大事なときに間違える玉木」という揶揄がネットを駆け巡ったのは記憶に新しい。
あれから3か月。またも同じ過ちを繰り返した。
昨年12月、自民党と国民民主党は「年収の壁」178万円への引き上げで合意した。玉木氏は「予算案の成立に向けて協力していく」と明言し、自民党内では「連立入りが近づいた」との期待が高まった。
麻生副総裁や萩生田幹事長代行が水面下で交渉を進めていたというから、その本気度がうかがえる。
連合の呪縛から逃れられない情けなさ
しかし玉木氏はまたも決断できなかった。
「個別法案は政策ごとに判断していく。包括的に賛成になったら連立だ」と慎重姿勢を明確にする。その背後にあるのは、相変わらず連合の顔色をうかがう姿勢だ。
政党のトップとして、いつまで労働組合の顔色をうかがい続けるつもりなのか。
玉木氏は以前「最後は政治家、政党が決めるのは当然」と強気な発言をしていた。ならばなぜ決断しないのか。連合が何と言おうと、政策実現を目指す政治家なら自らの信念を貫くべきではないのか。
口では威勢のいいことを言いながら、実際には組織の圧力に屈する。そんな態度では誰も信用しない。
高市首相が玉木氏に不信感を募らせたのは当然の帰結だった。
読売新聞の記事によれば、首相は「現状の打開には解散しかない」との思いを強めたという。つまり玉木氏の優柔不断さが、この解散のトリガーになった。
チャンスを2度も逃した政治家の末路
いまネットでは「また玉木がやらかした」という声が聞こえてくる。10月に維新に先を越され、1月には解散に追い込まれる形になった。同じ失敗を2度繰り返す政治家を、誰が信頼できるだろうか。
国民民主党が掲げる政策は決して間違っていない。「年収の壁」引き上げは多くの働く人々にとって朗報だ。ガソリン税の暫定税率廃止も家計を助ける。だからこそ、これらを実現するために連立に入るべきだったのではないか?
ところが玉木氏は政策実現よりも連合との関係を優先した。
その結果、せっかく手にしかけた政権への影響力を自ら手放してしまった。
高市首相が1月14日、自民・維新の与党幹部に解散の意向を正式に伝えた際、玉木氏は「経済後回しの冒頭解散プラン」と批判したという。
だが冷静に考えてほしい。もし国民民主党が連立に参加していれば、高市首相はこのタイミングで解散する必要があっただろうか。
結局のところ、玉木氏の優柔不断が今回の解散を招いた。自らの判断ミスを棚に上げて政権批判するのは筋違いだろう。
有権者は見ている
2月に衆院選が実施される。
国民民主党は「年収の壁引き上げの成果」をアピールするだろう。
確かにそれは評価に値する。だが同時に有権者は問うはずだ。「なぜ連立に入らなかったのか」と。
政策を実現するには権力が必要だ。権力を得るには決断が必要だ。その決断ができない政治家に、わたしたちの生活を任せられるだろうか。
玉木氏には最後に一つだけ言いたい。
政治家は結果責任を負う職業である。どれだけ立派な政策を掲げても、実現できなければ意味がない。
そして実現するには、ときに困難な決断を下さねばならない。
連合の呪縛から逃れられないなら、いっそ政党代表を辞めるべきだ。
2度も大事な局面で判断を誤った政治家を、有権者がどう評価するか。
2月の衆院選で答えが出るだろう。
日本国民の政治に対する関心度は10年前とは比べ物にならないくらいに高い。
有権者は冷静に、その結果を見てるからね。

