
選挙のためなら何でもありなのか?
揶揄されても笑われても、なりふり構わずですね!?
立憲民主党と公明党が新党「中道改革連合」を結成すると発表した瞬間、多くの有権者が違和感を覚えたはずだ。
党名を略したら「中革連」。まるで60年代の学生運動さながらのヘンテコリンなお名前。ヘルメットとゲバ棒がお似合い。
わたしたちは令和の時代に生きているのに、なぜ半世紀前の活動家組織のような響きの政党が誕生するのだろう。
懐メロ好きな高齢支援者に合わせたのかな?命名センスのなさを笑うべきか、それとも時代錯誤を嘆くべきか。
衆議院だけという謎すぎるスキーム
この新党、よく見ると本当におかしい。
衆議院議員だけが離党して新党に参加し、参議院議員や地方議員は立憲と公明にそのまま残るという。
つまり、選挙が終わったら衆議院は「中道改革連合」で、参議院では「立憲民主党」と「公明党」のままなのだ。
国会って二院制だよね。衆議院と参議院で所属政党が違う議員が続出するって、いったいどういうことなのか。法案審議のとき、同じ人が衆議院では中道改革連合として発言し、参議院では立憲や公明として振る舞うのだろうか。
有権者にとって、これほど分かりにくい政治構造もない。
地方議員も両党に残るというから、さらに混乱は深まる。街頭演説で「立憲民主党の○○です」と名乗る地方議員が、「衆議院選挙では中道改革連合をよろしく」と訴えるのか。
有権者は何を信じて投票すればいいのだろう。
政党というのは、理念や政策を共有する集団のはずだ。ところがこの新党は、選挙のときだけ看板を掛け替える。まるで居酒屋のランチタイム営業のような話である。
選挙互助会と呼ばれても仕方がない
公明党は小選挙区に候補者を擁立しない。立憲の候補を応援する代わりに、比例代表では公明出身者を上位に優遇してもらう。
これ、選挙互助会以外の何物でもない。
公明党は2025年10月に自民党との連立を離脱したばかりだ。あのとき「政治とカネの問題で自民党とは一線を画す」と言っていたはず。
ところが数カ月後には、かつて批判していた立憲民主党と手を組んで新党を作るという。政治信念はどこへ行ったのだろう。
立憲民主党も同じだ。これまで公明党を「自民党の補完勢力」と批判してきたではないか。
その公明党と「中道勢力の結集」を掲げて新党を作るなんて、過去の発言との整合性はどう説明するのか。
野田代表は「高市政権が右傾化している」と強調する。確かに安全保障政策や憲法改正への姿勢は、従来の政権より踏み込んでいる。
でも、それへの対抗軸が「選挙のための野合」では説得力がない。
有権者が求めているのは、明確な理念と具体的な政策だ。
「とにかく与党を倒したい」という目的のためだけに集まった政党に、将来の日本を託せるはずがない。
大義なき野合。この言葉がこれほどぴったりくる事例も珍しい。
両党首は「中道の塊を大きくする」と意気込むが、その実態は議席確保のための数合わせにすぎない。国民民主党の玉木代表が「主義主張の違う政党が選挙のときだけ名簿を一つにするのは国民に分かりやすいのか」と疑問を呈したのは、まさに正論だろう。
衆議院と参議院で別々の党に所属し、地方では元の党のまま活動する。こんな複雑怪奇なスキームを、わたしたちは支持できない。
選挙が近づくと、毎回のように新党騒ぎが起きる。
でも今回の「中道改革連合」ほど、有権者を馬鹿にした話はないのではないか。
政治家の言動・行動を国民ははちゃんと見ているよ。
選挙のための看板掛け替えに、もううんざりしている。

