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米倉涼子麻薬取締法違反書類送検報道が突きつける推定無罪の原則と男選びの重さと男運

米倉涼子書類送検

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国民的女優の米倉涼子さんが麻薬取締法違反容疑で書類送検されたという報道に、きょう日本中が騒然となった。

しかしこの報道、冷静に見る必要がある。

関東信越厚生局麻薬取締部が2025年夏頃に家宅捜索を実施し、アルゼンチン国籍の男性との共同所持の疑いで捜査を進めてきたという。

押収された薬物は鑑定の結果、違法なものと判明した。ただし重要なのは、米倉さん自身の尿検査では薬物使用の証拠が出なかったという点だ。

書類送検は有罪ではない

多くの報道を見て、わたしは強い違和感を覚えた。「書類送検」という言葉が独り歩きし、あたかも有罪が確定したかのような論調が目立つのである。

書類送検とは、警察が逮捕せずに捜査を終え、検察に事件記録を送った段階にすぎない。逮捕されていないということは、逃亡や証拠隠滅のおそれが低いと判断されたということだ。身柄を拘束されることなく、普段どおりの生活を送りながら必要に応じて取り調べを受ける。

推定無罪の原則を忘れてはならない。起訴されるかどうかも、まして有罪になるかどうかも、現時点では全く分からないのである。

米倉さんは昨年12月26日、事務所のホームページで「一区切りついたと認識しております」とコメントを発表していた。捜査に全面協力してきたことがうかがえる。

検察は今後、証拠の質と量、事件の悪質性などを総合的に考慮して判断を下す。アルゼンチン国籍の男性がすでに出国しており取り調べができない状況で、米倉さんが「知らなかった」と主張した場合、これを覆すだけの物証があるのか。そこが焦点となるだろう。

恋人の行動に責任を負わされる理不尽さ

この事件が突きつけるのは、恋人選びの重要性という厳しい現実である。

自宅から違法薬物が見つかった場合、たとえそれが恋人の所有物であっても、共同所持を疑われる可能性がある。愛する人を警察に通報するなど、現実的にはほぼ不可能だろう。ましてや著名人であれば、自分のキャリアへの影響も計り知れない。

ネット上には「男選びで失敗」「見る目がない」といった声が溢れている。確かに、半同棲状態だったとされる相手が違法薬物を所持していたのであれば、その交際関係自体に問題があったと言わざるを得ない。

しかし同時に、恋愛感情と法的責任の狭間で苦しむ人々の存在も考えるべきではないか。好きな相手を売ることなど、普通の人間にはできない。だからこそ最初の相手選びが極めて重要なのだ、そう感じる。

週刊文春が昨年10月に報じて以来、米倉さんは複数のイベントをキャンセルし、沈黙を守ってきた。女優としてのキャリアに大きな打撃を受けたことは間違いない。「ドクターX」の「私、失敗しないので」というセリフを引き合いに出す声もあるが、それは悪趣味というものだろう。

メディアの報道姿勢にも疑問が残る。推定無罪の原則を軽視し、センセーショナルな見出しで注目を集めようとする姿勢は、まさにオールドメディアの悪弊そのものだ。

今後の検察の判断を静かに見守るべきである。それまでは、誰も米倉さんを断罪する権利などない。

ただ一つ確かなのは、この事件が多くの人々に教訓を与えたということだ。恋人がどのような人物か、どのような生活を送っているか。それを見極める目を持つことの重要性を、改めて思い知らされた。

わたしたちは、恋愛という甘美な感情に流されることなく、冷静な判断力を保たなければならない。

米倉さんの今後の女優活動がどうなるかは分からない。

しかし少なくとも、法的手続きが終わるまでは、過度な批判は控えるべきだろう。

それが法治国家に生きるわたしたちの最低限の良識ではないだろうか。

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