
財務省出身の国会議員が「最終兵器」と呼んだ。
これは穏やかな話ではない。
1月20日、自民党の木原誠二前選対委員長がネット番組で語った言葉が、永田町で静かに波紋を広げている。
高市早苗首相が打ち出した予算編成改革について、木原氏は「財務省に対してリーサル・ウエポンを出した」と評価した。
木原氏といえば、財務省出身。
岸田文雄前首相の最側近として官房副長官まで務めた人物である。
その彼が古巣の牙城を揺るがす政策を「練られている」「分かりやすい」と手放しで褒めた。
何が起きているのか?
単年度予算という「支配の構図」
木原氏の説明は実に率直だった。
日本の予算は「単年度主義」で、毎年ゼロから編成し直す。
この仕組みのもとでは、財務省が圧倒的な力を持つ。
「ばっさばっさと切る」と木原氏は表現した。
各省庁が要求した予算を査定し、削減する権限。
これが財務省の「ムチ」だという。
一方で補正予算は「アメ」として機能してきた。
当初予算で削った分を補正で戻してやる、という駆け引きが常態化していたわけだ。
わたしたち国民は、この構図をあまり意識してこなかった。
でも考えてみてほしい。
毎年の予算編成で「来年どうなるか分からない」状態では、長期的な投資計画など立てようがない。
民間企業が設備投資をためらうのも当然ではないか。
複数年度予算がもたらす変化
高市首相が打ち出したのは、この構図を根本から変える方針だ。
補正予算を前提とした予算編成と決別し、必要な予算は当初から措置する。
そして複数年度の財政出動を確約する仕組みをつくる。
木原氏によれば、これで「事業官庁に主導権が渡る」という。
科学技術投資も、インフラ整備も、危機管理投資も、3年先、5年先を見据えて計画できるようになる。
「予見可能性が高まる」と木原氏は語った。
成長投資、危機管理投資にとって非常によい効果があると。
実はこの手法、諸外国では珍しくない。
アメリカもイギリスも複数年度の予算枠組みを持っている。
日本だけが頑なに単年度主義を守り、結果として長期ビジョンを描けない国になっていた。
興味深いのは、金融市場への効果だ。
木原氏は「市場の予見可能性も高まる」と指摘する。
単年度でやっていると「来年どうなるのか」「野放図に国債を発行するのではないか」と市場が心配する。
しかし3年の見通しをきちんと示せば、一定程度安心するという。
これは説得力がある。
実際、高市政権発足後の金利上昇は、政策の不透明さへの懸念が一因だった。
複数年度で財政運営の方向性を明示することは、むしろ市場の信認を得る道なのかもしれない。
財務省出身者が認めた「大改革」
「国を変える意思表示だ」と木原氏は言い切った。
予算は国そのものであり、その編成方法を変えることは大改革だと。
財務省出身の議員がここまで踏み込んだ発言をするのは異例だ。
しかも木原氏は2027年度予算について「できれば複数年度で組んでほしい」と具体的に要望している。
単なるリップサービスではない、本気度が伝わってくる。
高市首相は昨年12月、2026年度予算案の閣議決定にあたり「複数年度にわたる取組を進めつつ」と述べた。
122兆円規模の過去最大予算だが、新規国債発行額は2年連続で30兆円を下回った。
積極財政と財政規律の両立を模索する姿勢がうかがえる。
わたしが注目したいのは、この改革の本質だ。
単なる予算規模の話ではない。
霞が関の権力構造を組み替える、静かな革命なのである。
もちろん課題はある。
複数年度の約束が政権交代で反故にされるリスク。
財務省の抵抗も当然予想される。
だが、少なくとも議論の俎上に載ったことは大きい。
「いよいよ、そのステージにきた」という木原氏の言葉が印象に残る。
国民の暮らしに直結する予算の話。
難しそうに見えて、実は極めてシンプルな構図だ。
長期的な視点で国を運営できる仕組みを、わたしたちはようやく手に入れようとしている。




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