
たった2週間で勝利宣言とは、なんとも拍子抜けする展開だ。
中国の国営メディアが11月21日夜、「日本はすでに代価を支払った」とする評論を発表し、翌23日朝には検索ランキングで1位となった。
高市早苗総理の台湾有事発言に反発して、中国政府が自国民に日本への渡航自粛を呼びかけてから、わずか1週間あまりでのことである。
この評論では、中国の対抗措置がすでに日本に大きな打撃を与えたと強調し、「圧力で高市総理が言動を抑制するか、短命総理となるか」という2つの可能性を示唆している。
しかし現実はどうだろう。日本政府は中国の圧力に屈して発言を撤回するどころか、何のアクションも起こしていない。そればかりか、高市総理の支持率は80%を超える高水準を維持しているのだ。
実際には何も起きていない日本の観光地
中国政府の渡航自粛要請を受けて、日本経済が大打撃を受けたのだろうか。答えは「ノー」である。
確かに一部のホテルでキャンセルが出たという報道はある。だが浅草のジュエリーショップの店長は「中国人観光客が減った分、日本人客が来店しやすくなったので売り上げはそれほど落ちていない」と語っている。銀座のうどん店の店長も「売り上げへの直接的な影響は感じていない」と冷静だ。
羽田空港には18日、中国からの訪日客が続々と到着していた。ある中国人男性は「日本は治安が良いので特に気にしなかった」と笑顔で話す。政府の要請を知りながらも、個人の判断で訪日を決めた人々が少なくないのだ。
訪日中国市場は2010年代前半とは全く異なり、現在は個人旅行(FIT)が主流となっている。団体旅行が主だった2012年の尖閣問題の時代とは市場構造が根本的に変わっているため、旅行会社による一部の団体ツアー停止は市場全体に与える影響が小さいという。
中国 Weibo(微博)のトレンドランキングで
「日本はすでに代価支払った」が1位に
中国新聞社の論評では
中国の対抗措置はすでに日本に打撃を与えたと強調
圧力で高市総理が言動を抑制するか
短命総理となるか2つの可能性があると意見を紹介
日本批判の風向きが変わるのでは見方が出ている… pic.twitter.com/fk6S15TW74— カシミール88 (@kashmir88ks) November 23, 2025
自ら物語を始めて自ら終わらせる滑稽さ
中国の対応は、まさに自作自演の劇を見ているようだ。薛剣・駐大阪総領事が「汚い首は斬ってやる」とSNSに投稿する。中国外務省が渡航自粛を呼びかける。教育省が留学を慎重に検討するよう求める。そして国営メディアが「日本はすでに代価を支払った」と勝利宣言をする──。
ところが肝心の日本側は、何も困っていないのである。わたしたちの暮らしに何か変化があっただろうか。スーパーで中国産の商品が消えたわけでもない。街中から中国人観光客が姿を消したわけでもない。高市総理が謝罪会見を開いたわけでもない。
むしろ日本のSNSでは、中国の対抗措置をパロディ化して楽しむ投稿が相次いでいる。オーバーツーリズムに悩まされていた観光地では、「これで少し落ち着けるかも」という声すら聞かれる始末だ。
一方、中国側のSNSには「まだまだ足りない」というコメントが多く書き込まれているという。自国政府が「もう勝った」と言っているのに、国民は納得していない。この矛盾こそが、今回の騒動の本質を物語っている。
誰のための勝利宣言なのか
中国国内向けのアピールだった──そう考えれば、すべての辻褄が合う。
習近平政権にとって、台湾問題は絶対に譲れない一線である。高市総理の発言は、10月31日の日中首脳会談でせっかく「戦略的互恵関係の推進」を確認したわずか1週間後のことだった。習近平主席のメンツを潰されたと感じたのだろう。
しかし強硬な報復措置を取れば、自国経済にも悪影響が出る。日中間の航空便の主な路線は上位5位まで中国資本の航空会社が受け持っており、影響は中国側の方が大きいと専門家は指摘する。2兆円規模と試算される日本のインバウンド損失は確かに大きいが、韓国や台湾、米国からの観光客増加で穴埋めできる可能性もある。
結局のところ、中国は国内向けに「日本に圧力をかけた」というポーズを見せる必要があった。そして短期間で「日本は代価を支払った」と勝利宣言をすることで、これ以上のエスカレーションを避けたかったのではないか。
わたしには、14億人の国民に向けた政治的パフォーマンスにしか見えない。自ら物語を始めて、自ら精神勝利で物語を終わらせる──なんとも幼稚な外交ではないか。
日本政府が何もアクションを起こさなかったことは、ある意味で正解だったのかもしれない。相手にしないことが、最も効果的な対応だったのだから。

